「お母さんは昔、結婚できない事情のある人に恋をして、
それからその人と別れた。
別れた時にお腹にお前がいることがわかったンだ。
だけど、お母さんはたった一人でお前を産むことに決めたンだ。
それで、お母さんは草太兄ちゃんに相談に行った。
草太兄ちゃんは、昔っからお前のお母さんのことをとても可愛がっていて、
お母さんが困っているのを見るに見かねたンだろうなぁ。
・・・・オレに、『蛍と結婚しろ』って言ってきたンだ。」
「それで、お父さんはお母さんにプロポーズしたの?」
「ああ、そうだ。草太兄ちゃんの話を聞いて、
オレはお前のお母さんを守りたいと思った。
・・・・・幸せにしてやりたいと思ったンだ。
草太兄ちゃんはそのあと、事故で死んでしまったから、
オレはあの時の言葉が、草太兄ちゃんのオレへの遺言だと思っている。」
「お母さんのこと、好きだったの?」
「あったりめえだ。」
「ぼくがお腹にいたのに?」
正吉は快の方に向き直ると、快の目をじっと見つめて静かに言った。
「快、オレはな、お前をオレの息子じゃないなんて思ったことは一度もないぞ。
お前がお母さんの腹の中にいた時からずっとな。・・・・今だってそうだ。」
快はまた泣きそうになって、かろうじてこらえた。
お父さん、ぼくだってそうだよ。
お父さんをぼくのお父さんじゃないなんて思ったこと一度もないよ。
「・・・お母さんだってつらかったンだ。
・・・お母さんのしたことは世間からみりゃあ、ほめられたもんじゃねえだろう。
だけど、自分のしたことにお母さんは責任をとった。
逃げないで、お前を産むことに決めたンだ。
だからな、快。このことでお母さんを責めるンじゃない。
お前が知っているってことはお母さんにはなにがあっても言うンじゃない。
お母さんを苦しめるだけで、なんにもいいことはないンだ。
わかったな。男なら、そうしろ。
これは、お前とお父さんとの約束だ。いいな。」
「うん。わかった。絶対に言わない。・・・でも、手紙を燃やしたってこと、そのうちわかるよ。
そうしたら、お母さんだって気づくんじゃないかな。」
快は自分が手紙を燃やしてしまったことを初めて後悔した。
先のことを何も考えないで、なんということをしてしまったんだろう。
正吉はここにきて初めてにっこりした。
「もう、お母さんは気がついたさ。だけど、
あの手紙はな、オレが燃やしたことになってる。お母さんにはそう言った。だから、心配するな。」
え?
正吉がどこまでも蛍を守ろうとしていることに快は驚き、深い感動を覚えた。
――――まったく、お母さんを愛することにかけてはお父さんにはかなわない。
快は正吉を見て笑おうとして、顔をしかめた。
今頃なぐられたところが痛くなってきた。
「痛かったか?」
「さすがに元自衛官だね。身のこなしが全然違うよ。」
快は頬をおさえながら笑った。
「馬鹿やろう、こぶしでなぐられなかっただけ、ありがたいと思え。」
正吉はそう言って笑った。
「お父さん」
「なんだ」
「・・・ありがとう。ぼく、お父さんの子に生まれてきて本当によかったよ。」
正吉は何も言わずに快の肩を抱いた。
―――14年前のあの夏、
夕日を浴びて黄金色に輝くオオハンゴウソウの中で
「オレに蛍ちゃんを幸せにさせてください」と祈った自分の思いが
ようやく届いた気がしていた。
おしまい
最後まででお読みくださってありがとうございました。
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