正吉は玄関脇の台に腰をおろすと頭を抱え、大きなため息をついた。
洗いあがったばかりの車のそばにバケツと柄つきたわしが転がっていたが、
片づける気にもなれない。

参ったなあ・・・・

まさか、蛍の手紙から秘密が漏れるなんて・・・
富良野を遠く離れて安心しきっていたのに・・・

蛍に言われてとっさに自分が燃やしたとは言ったけれど、
正吉には快が秘密を知ってしまったことがわかった。

近頃、快があまり話をしなくなったなとは思ったものの、
蛍のようには心配していなかった。
自分には快の変化が見えていなかった。
やはり、なにかがちがっていたのだろうか・・・
なにかが・・・


快、オレの子じゃないって知って悩んだだろうな。
なぜ、オレに何も言ってこなかったのだろう。
―――言えるわけがないか。
そうか。
そうだよな。
だが・・・・
オレは快にとって本当に「父親」だったのだろうか・・・

脱力感に襲われて、ぼんやりすわっていると、自転車に乗った快が帰って来た。

「ただいま・・」

心なしか、元気がない。

「おう、早かったな。」

いつもなら、土曜日でも6時ごろまで帰って来ないのに、まだ、5時前だ。

「今日は練習試合で、朝が早かったから・・・」

快はヘルメットを外すと、自転車のかごに入れた。
毎日、外でサッカーをしているから、真っ黒に焼けているが、
長身で眉の濃いすっきりした顔立ちをしている。
いつか見た黒木の息子に似ていないこともないと正吉は思う。

「快くん、一年生の女子の間ですっごく人気があるんです。」

今年の春から快と同じ中学校に通い始めた明日美ちゃんが
時々、快の情報を入れてくれる。

『いつの間にか、オレよりでかくなりやがって・・・』

その快が、人知れず悩んでいたのだと思うと、正吉はいとおしさで胸がいっぱいになってくる。

「快、話があるンだ。ちょっと付き合わねえか。」

家の中に入ろうとした快の背中に正吉が声をかけた。
快はどきりとした。

―――きっと、あの話だ。
   自分が手紙を燃やしてしまったことがわかってしまったのだろうか。

とうとう、来るべきものが来た。という気がした。

でも、ちょっとでもその時間を引き延ばしたくて
「・・・いいけど。その前にシャワーを浴びてきたいんだけど、いい?」
と言ってみた。

「ああ、かまわねえぞ。オレも着替えるからちょうどいい。」

正吉と快は連れ立って家に入り、快はそのまま風呂場に直行した。

晩御飯の下ごしらえを始めようとして台所にいた蛍が心配そうに正吉を見た。
正吉は蛍に向かってうなずき、

「快と、ちょっと外に行ってくる。」
と声をかけ、着がえのために奥の部屋に入っていった。


「・・・おまたせ」

新しいジャージに着替えた快が風呂場から出てきた。
まったく、中学生になったら家でも学校でもずっとジャージだ。
私服を買ってあげてもめったに着ない。

「快、髪がぬれたままじゃないの、かぜをひくわよ。乾かしていけば?」

台所から出てきた蛍が快に声をかける。

「いいよ、お父さんが待ってるから。」

正吉はすでに玄関で快を待っていた。
蛍はエプロンのすそで手をふきながら、快を追いかけてきた。

「快、今日の試合はどうだったの?」
蛍はなんとしても快と会話をしたいと思っていた。

「・・・・・」

今日、快は試合に出なかった。
快の代わりに3年生の中島が出た。
2年生になって快がレギュラーになったため、中島は今まで先発で試合に出られなかった。

「笠松、悪いな。」

人のいい中島は試合に出る前、快に声をかけてきた。

「いいんです。先輩、気にしないでください。オレの方こそ、申し訳ないです。」

そうは言ったものの、快はくやしかった。
何もできずに、ただ、試合を見ているだけなのがたまらなかった。
そんな状況に自分を追い込んだ自分が情けなかった。

だが、そんな思いも今の快は沈黙のうちに封じ込めていた。
歯車が逆に回っているような、奇妙な思いにとらわれながら
快にはどうすることもできない。
傷口はえぐれて、血が噴き出しているのに・・・・
黙っていることで、快はその痛みに耐えていた。
胸の中ではどす黒いものが渦巻き、快の心は悲鳴をあげていた。

そして、自分の思いにとらわれている快は
自分の沈黙が武器になっていることには気づいていなかった。

快は蛍の声が聞こえないかのように黙って靴を履き始めた。

「試合には出たの?」

「・・・・」

「快、聞いているの?」

―――限界だった。

いきなり快は立ち上がると、蛍の方を見ずに、絞り出すような声で言い放った。


                                           つづく
                         第7章
手紙
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