快は今、すべてのことが腹立たしく感じられていた。
部活動のこと、学校のこと、友だちのこと、
父のこと、母のこと、
そして、何よりも自分自身のことが。

どうしてこうなったのかは快にはわかっている。
あの日、あの手紙を読んでしまったからだ。
見なければよかった、何度そう思ったことだろう。

知りたくなかった。

その日快は熱が出て学校を欠席していた。
無理をして学校に行けないこともなかったが、
学校に行けば、また、部活をやってしまう。
それで、母が無理やり休ませたのだった。

快はサッカー部に入部していた。
昨年一年間は部活にあけ、部活にくれた一年と言ってもよかった。
朝は6時30分ごろに自転車で家を出る。
始業前の朝練習に参加するためだ。
夕方は日がとっぷり暮れてからおなかをすかせて帰宅する。
最初のうちは体力がついていかず、
家に帰ると死んだように眠っていたが、
最近ではだいぶ体力もついてきた。
しかし、勉強はあいかわらず宿題をやる程度で
塾にも行ってなかった。
にもかかわらず、快はそこそこの成績をとってきていた。
今年6月の三者面談で
「成績も悪くないですし、サッカー部は県でも活躍していますから、
部活推薦と言うことも考えられますね。」
と、担任の関根先生に言われていた。
サッカー部は顧問の笹岡先生が家庭を顧みずに熱心に指導しているおかげで
昨年秋の新人戦では県で3位、今年の春には県で見事に1位をとっている。
部員が35人もいる強豪チームなのだ。
うかうかしているとすぐにレギュラーの座を奪われてしまう。
快は攻撃的MFとして試合に出ていた。

隣の家の崇くんは今年の春、部活推薦で
この辺ではわりと有名な公立の進学校に行っていた。
「快くんもうちの学校にこいよ。」
最近ではほとんど行き来をしていないけれど、たまに朝出かけるときに
あったりすると、崇くんは声をかけてくれる。

「また、無理をして学校に行けば部活をやってしまうことくらい
自分だってわかるでしょ。
こじらせたら、一日や二日ではすまなくなってしまうのよ。
どんなことがあっても今日は寝てなきゃだめよ。わかったわね。」

蛍は看護婦らしいなれた手つきで快の体温を測り、
快のために昼食を用意すると、そういい残して
翼(つばさ)を連れて仕事に出て行った。
翼は昨年7月に生まれた弟だ。
名前は快がつけた。サッカー漫画のキャプテンの名前だ。
正吉も蛍も笑ったが、快の希望どおりにしてくれた。

だれもいない部屋に目覚し時計の時を刻む音がやけに大きく響く。
快はそのうち眠ってしまった。
10時ごろ蛍から電話があった。
快がちゃんと眠っているか確認するためのものだったが、
そのために快はかえって目が覚めてしまった。
「ちぇっ、余計なお世話なんだよな。」
熱のためにふらふらする頭をおさえながら快は受話器を置き、
台所に水を飲みに行った。
また布団の中に入ろうとして、ふと蛍の口紅が部屋の隅に転がっているのが
目に入った。
朝いそがしく出て行った蛍が落としていったのだろう。
保育園に翼を預けてから病院に出勤しているので、朝は忙しい。
ゆっくり化粧をしている暇もないくらいだ。
その日は快の弁当を用意していったから、なおのこと忙しかったに違いない。

蛍はもともとあまり化粧をしない性質だった。
小学校の授業参観でなにがいやだったかと言えば、
母親達のつける香水と化粧のにおいで教室中がむせかえるようになる、
あのにおい、
快にはあれがたまらなかった。
だから、薄化粧しかしない蛍を快は好もしく思っていた。

快は口紅を拾うと、蛍の鏡台に向かった。
その鏡台は正吉が蛍のために求めたもので、笠松一家にあっては
一番いい家具だった。
蛍はその鏡台をとても大切にしており、菜々見にもさわらせなかった。
もちろん、快も手を触れたことはなかった。

引出しを開けて口紅をしまった快はふと、別の引出しも開けてみたくなった。
真ん中の引出しには快が6年生の時に蛍にあげたふくろうのペンダントが
大事そうにしまわれてあった。
ふくろうのペンダントを手にしたときの蛍の目を思い出して、
快は思わずにっこりしていた。

一番右の引出しには書類のようなものがはいっていた。
快はそこに小さな箱が3つ入っているのに目を留めた。
なんだろうと思って箱を開けると、小さな黒っぽい塊だった。
「快」と書かれた紙が入っている。
へその緒だった。残りの二つは菜々見と、翼のものに違いない。
翼のは箱がまだ新しい。
箱を元に戻そうとして快は書類の下の手紙の束に気づいた。

何気なく手にして快はふき出してしまった。
それはいのししの絵が書いてある年賀状で、
子どもらしい字がおどっている。
差出人は黒板蛍、あて先は笠松正吉だった。

おそらく今の自分より小さい母が父にあてて書いたものだろう。
小さなころの二人を想像して快はほほえましい気持ちになってくる。
熱があるのも忘れて快はその場に座り込んだ。

もっと何か発見があるかもしれない。
快は少しわくわくしながら手紙の束を開いた。
ほとんどが父から母へあてた手紙だった。
そのうちの一つがやけにくしゃくしゃになっている。
快はそれを手にとってなかを見た。

「蛍、長いこと居場所も教えないで悪かった。・・・」

その手紙はそう書き出されていた。

おそらく、二人が離れ離れに暮らしていた時に正吉が蛍に宛てて書いたものだろう。
長い不在をわび、快や蛍を気づかう正吉のやさしさにあふれた手紙だった。
読みながら母は、涙したのだろうか。
ところどころ文字がにじんでいる。
快はこの手紙を読んだ時の蛍の気持ちを思い、目頭が熱くなった。
今だってあんなに仲のいい二人だもの、離れて暮らしていた時は
お互い、どんなにかさびしかったことだろう。

だけど、居場所を教えてなかったとあるのはどういうことなのだろう。
正吉は、なぜ蛍に居場所を教えなかったのだろう。
二人が別れて暮らしていた時期があったのは快も知っている。
それは、快が赤ん坊のころの話だ。
だけど、正吉が音信不通だったという話は聞いていない。
快は何か説明のつかない胸騒ぎを覚えた。


                            
                                           つづく
「もしも、快くんが出生の秘密を知ってしまったら正吉一家はどうなるのか」というテーマで書いたものです。登場人物は前作のカウントダウンとかぶっています。
                         第1章
手紙
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