何通かの手紙の束の中に
封を切っていない正吉宛の手紙が3通ばかりあった。
いずれもあて先人不明で戻ってきたものらしかった。
快はその中で一番新しい消印の封筒を抜き取り、手に取った。

他人宛ての手紙を読んではいけないことは
六年生の担任だった矢部先生から教えられた。
社会で、「基本的人権の尊重」について勉強した時のことだ。

『子どもの権利条約』っていうのがあるんだと、熱弁をふるったあとで
先生は言った。

「たとえ、親子であってもです。みんなも、日記やそのほかプライベートなものを
お母さんに読まれるようなことがあったら、厳重に抗議していいんだよ。」

その時は、
「先生はぼくたちに毎日宿題で日記を書かせておいて、読んでるじゃないですか。」
と、亮平くんが厳重に抗議したっけ。
そのときのことを思い出して、快はちょっとためらった。

でも、今、快は父が音信不通だったわけをどうしても知りたいという欲求に勝てなかった。
ぼくは二人の子どもなんだもの、読んではいけない秘密なんて
絶対にないはずだ。
お母さんだって笑って許してくれるはずだ。
これだって、りっぱな『子どもの権利』さ。
快はそう自分に言い聞かせて、封を切った。


――――正ちゃん、元気にしていますか。体をこわしてはいませんか。
この手紙も前の手紙と同じようにあなたのところに届かずに
戻ってくるのではないかと思うと不安でたまりません。

今、あなたはどこにいるんですか。
何をして働いているのですか。
なぜ居場所を教えてくれないのですか。
あなたが最後の手紙に書いてきた「これ以上きみ達に迷惑をかけたくない」
とは、いったいどういう意味なのですか。
あなたは本気でそんなことを思っているのですか。
私や快はあなたにとっていったいどういう存在なのでしょう。
私は一日だってあなたのことを忘れたことはありません。
快だってあなたのことを忘れていません。
いつまでも、あなたの帰りをここで待つつもりです。
でも、
あなたが私にしてくれたこと、あなたは後悔しているのですか。
もしもそうなら、もしも私たちを重荷と感じているのなら
そう言ってください。
正ちゃん、最後にひとつだけ教えてください。
あなたがこんなにも長い間私たちをほっておけるのは、
快があなたの子じゃないからですか。――――

手紙はそこで終わっていた。
快はふるえる手で残りの2通の封も開けた。
むさぼるように読んだが、似たような文面が書いてあるだけだった。
ただ、最後の1行をのぞいては。

―――快があなたの子じゃないからですか。

うそだ!
何かの間違いに決まっている。

お父さんがぼくのお父さんじゃないなんて・・
お母さん、うそだよね。

ああ、頭ががんがんする。

快は汚らわしいものを見るように手紙を見つめていた。
汗が脇を流れるのを感じた。

どのくらいそうしていただろうか。

やがて、快は3通の手紙を握りしめると、
マッチを持ってパジャマのまま表に出て行った。
庭の隅に穴を掘ると手紙をそこに入れて火をつけた。
手紙が灰になるまでしゃがみこんでぼんやり見ていた。
そして、灰の上に土をかけると穴をふさいだ。
永遠に封印したい、そんな気持ちだった。

のろのろと家に入り、手も洗わずに布団の中にもぐりこむと、
頭からふとんをかぶった快は声をあげて泣き出した。


その後のことは断片的にしか思い出せない。
蛍が用意した弁当にも手をつけず、快は眠っていたような気もする。
目が覚めると手紙のことが思い出された。
昨日までの快の世界が足元から崩れていったような
不安な気持ちに翻弄されていた。


蛍が仕事をいつもより早めに切り上げて帰って来た時、
快はふとんをかぶって寝たふりをしていた。
額に蛍の手が当てられたとき、
体が緊張で固くなったのがわかった。
快は蛍のやわらかい手を振り払いたいのを必死でこらえた。

今は蛍の顔を見たくなかった。
蛍に本当のことを確かめなくてはならない。
でも、確かめて本当だと言われたら?
今度こそ本当に立ち直れない気がする。

快はどこかで、まだ信じようとしていない自分に気がついていた。


                            
                                           つづく
                         第2章
手紙
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送