あれから
快は何度も手紙について考えていた。
すでに、燃やしてしまって手元にはないのに、
暗記するほどに反芻している。

あの手紙で母はなにを父に告白しようとしたのだろうか。
ぼくが父の子供じゃないということのほかになにを・・・
父以外の男との情事について?
ぼくが生まれることになったいきさつ?

快はすでに、こうのとりが子どもを運んでくるのではないことくらい
知っている。
友達の家に行けばベットの下に1冊や2冊のエロ本は転がっている。
学校でも悪友達の間では冗談めかして話題にも上っているからだ。

しかし、
あの母が父を裏切って、よその男の子どもを産んだ。
それが自分だ。
いったい、いつのことなのだろう。
あんなに仲がよさそうな二人なのに、
なぜ、母は父を裏切るようなまねをしたんだろう。
快はそのことを考えると、頭に血が上り、吐き気がするのを我慢するのがやっとだった。

父はそのことを知らないはずだ。
手紙は父の元へと届く前に母のところに返って来ている。
父はその事を知らないままに、ぼくを今まで育てている。

いや、もしかしたら、父が母やぼくを置いて家を出ることになったのは
父が真実を知ってしまったからなのかもしれない。
だけど・・・
富良野を出ることになったのは正子おばさんのことがあったからだと
聞いたことがある。
やっぱり、父は知らないはずだ。
そうでなきゃ、ぼくをあんなに大切に思ってくれてるはずがない。

そう思うと、正吉が哀れでならなかった。
それと同時に、男として正吉を不甲斐ないと思う。
そう思ってしまう自分をまた嫌悪した。
そして、そんな状況に正吉を陥れた蛍を快は憎まずにはいられなかった。

快は自分の父親がだれなのか知りたいとは思わなかった。
どう考えても、正吉以外の男を父親だと思うことができない。
母にはなぜそれができたのだろう。
そのことを考えるとつらかった。

今はただ、忘れたかった。
忘れてしまえば、その事実が消え去るような気がしていた。
なのに、忘れられない。
忘れられないことが快をさらに苦しめ、いらだたせた。


蛍は快の変化に気づいていた。

中学2年生になってから、快は学校のことをほとんど
蛍に話さなくなってきていた。
桃井さんの家では崇くんはよく話すらしいが、一般的には
それほど母親とは話をしないらしいということは、
快の同級生の母親からも聞いている。

それにしても、最近の快は蛍を避けているようにも見える。
必要最低限の会話しかしない。
つい、1ヶ月ほど前までは翼の面倒もよく見て、
いいお兄ちゃんぶりだったのに、
今は翼に笑いかけることもめったにない。
そして、時々、暗い眼をして蛍を見ていることがある。

その目は蛍に忘れようとしても忘れられない黒木の目を思い出させた。
あの、落石での最後の1ヶ月、蛍を見つめる黒木の目は
ちょうど今の快のようだった。

今まで蛍は黒木と快が似ていると思ったことはなかった。
不思議な話だが、快はむしろ正吉に似ていると思うことがある。
快が生まれる前から一緒に暮らしているからだろうか、
しゃべり方から歩き方まで正吉に似ているような気がしていた。

そして、そのことに安堵していたのに・・・

昨日、蛍は快の担任の関根に学校に呼び出された。

職場から休みをもらって学校に行くと、職員室にいた関根は
蛍を小さな会議室に案内した。
生徒は授業中らしく、廊下にはだれもいなかった。
おそらく、関根は今、空き時間なのだろう。
人のよさそうな笑顔を見せて蛍に椅子をすすめた。

「お忙しいところを、すみませんね。実は快くんのことで、
ちょっと気になることがあるものですから・・・」
関根は椅子にすわりながらせわしなく切り出した。
緊張して椅子に腰をかけていた蛍はそのひと言で跳びあがりそうになった。

電話をもらった時から何となくわかってはいた。
わかってはいたが、いざ話をされると打ちのめされたような気分になった。


                            
                                          つづく
                         第3章
手紙
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