正吉はスリーブレスに短パンといったラフな格好で車を洗っていた。
汗ばんだ体に水しぶきが気持ちよかった。
梅雨明けが宣言され、雨で汚れた車をようやくきれいにする気になっていた。
ワックスをかけ終わって、からぶきをしている時、
蛍が翼を抱いて家の中から出てきた。
真っ青な顔をしている。

「正ちゃん・・・」

「おう、どうした。」

正吉は自分に向かって手を伸ばしている翼のほっぺたをつついてあやした。
翼は声をあげて笑った。
遅くになってできた子なので、正吉は翼をよけいに可愛いく思っていた。

「話があるんだけど・・」

正吉はちょっとドキッとした。
女が「話がある」と言ってきたときは
たいがいろくでもない話であることが多い。
―――何かまずいことをやったかなあ。
正吉はめまぐるしく頭を働かせたが、特に思い当たることもなかった。

「もうちょっとで終わるから、待ってろ。」

「・・・うん」

翼を抱いて家の中に入っていく蛍の細い肩を見送って
はじめて正吉は漠然とした不安を覚えた。

汗をふきながら入っていくと、居間の座卓の前に蛍が悄然と座っていた。
明るい日差しの中から急に部屋に入ったので、蛍の表情までは読めなかった。
翼がとなりで無心に遊んでいた。

「なんだ。何かあったのか。」

「・・・・・」

何か言いたそうに正吉を見上げたが、蛍は何も言わずにうつむいた。
蛍の頬を涙が一筋流れていく。
正吉の胸の鼓動が早くなった。

やがて、ゆっくりと蛍は話し始めた。

「・・・正ちゃんが、岐阜にいた時、連絡が取れなかった時期があったよね。」

「・・ああ。」

その時のことは今、思い出しても胸が痛む。
正吉にすればできれば思い出したくないことだった。

「・・正ちゃんが、あたし達にこれ以上迷惑かけたくないって、書いてきたの、覚えてる?」

「ああ、書いたかもしれねえ。」

「・・それで、あたし・・何度か返事を書いたんだけど、正ちゃんには届かなかった。
正ちゃんはもう、あたし達のこと忘れちゃったのかなあって・・・
どこかにいい人でもできたのかなあって思ってた・・・」

「馬鹿なこと言うなよ。」

「・・だって・・正ちゃん、ずっと空き家だなんて言ってたくせに、
真由美さんみたいなすてきな人と付き合ってたことあったじゃない・・・」

「なに言ってンだよ。あれはちがうって何度も言ったろ。
あンときゃ、ほんとに空き家だったンだって。」

正吉はタオルで首筋をしきりにふき出した。

「で? オレが忘れたと思って、どうしたンだよ。」

「・・もしも、そうなら・・・正ちゃんをあたし達から解放してあげようと思って・・・」

「本気でそんなこと思ってたのか」

「だって、あたしの方こそ正ちゃんにはずっと迷惑のかけどおしだった・・・」

「迷惑だなんて思ったら、あン時結婚なんか申し込んだりしてねえぞ。」

「だけど・・」

「もう言うな。」

「でも、あたし、あたし・・手紙に快が正ちゃんの子じゃないからって書いちゃったのよ。」

「・・・今さら、なに言ってンだよ。10年以上も前の話じゃねえか。」

「だけど、快が・・・快が、その手紙を読んでしまったみたいなの。」

蛍の言葉に驚いて正吉は口をあいた。

蛍は立ち上がって鏡台のところからなにやら紙の束を持ってきた。
蛍は正吉に3通の手紙がなくなってばらばらになっている手紙の束を見せた。
そこには正吉の見覚えのある手紙があった。

「鏡台に入れておいたのに、さっき見たらないの。」
「・・・・」

「この間から、快の様子が変だったけど・・・今日、手紙がなくなっていることに気づいたの。
きっと、読んでしまったんだと思う。だから、あたしを避けてたんだわ。
ああ、正ちゃん。どうしよう・・・」


しばらく正吉は黙って蛍を見つめていたが、やがて口を開いた。

「心配ない。それはオレが燃やしたンだ。快じゃない。」

「それ、どういうこと?」

「蛍に言おう言おうと思ってたンだけどな、子ども達がいたから。言う機会がなかったンだ。
その手紙、この間、オレが見つけて、子どもが読んだら困ると思って燃やしちまったンだ。
・・・だから、心配することないンだ。」

蛍の顔じゅうに安堵の色が広がる。

「正ちゃん、それ、本当なの?」

「ああ、本当だ。」

「・・・よかったァ。」
蛍は声にならない声でつぶやいた。

「蛍、あんな危ないもの、その辺にしまっておくなよ。」

「・・そうね、ごめんなさい。だけど、捨てられなかったんだもの。」

「じゃあ、快はいったい何があったのかしら。」

「・・近いうちにオレから聞いてみるか。」

「そうしてもらえる?」

「ああ、」

正吉はふと座卓の下に視線を落とした。

「あーあ、翼が寝ちまってるぞ。」

見ると、翼は座卓の横に転がったまますやすやと眠ってしまっていた。

蛍はタオルケットを取りに立ち上がった。

「じゃ、オレ、まだ片付けがすんでねえから行くぞ。」
正吉は奥の部屋にいる蛍に声をかけて外に出て行った。

「うん。」
久しぶりに蛍の声に明るさが戻っていた。


                            
                                           つづく
                         第6章
手紙
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