快のその言葉に玄関を出ようとしていた正吉が振り返った。
あっと思った時には快の頬に正吉の平手がとんでいた。
快が倒れこむのと、蛍が悲鳴をあげたのが同時だった。
「なにす・・」
「表へ出ろ!」
快の胸ぐらをすばやくつかんで立たせると、正吉は快を正面から見つめ、低い声で言った。
今まで見たこともない正吉の迫力に圧倒され、快は黙って外へ出た。
口の中が切れて、血の味がした。
「乗れ。」
正吉の声に促されて快は正吉の車の助手席に乗り込んだ。
車が発進する時、玄関を見ると、玄関の戸に手をかけた蛍が青ざめた顔をしてこちらを見ていた。
正吉も快も無言だった。
車を5分ほど走らせた河原にグラウンドがある。
小学生だったころ、快は正吉とサッカーボールを蹴りによくこの場所に来た。
快がサッカーチームに入って間もない頃、上手になりたいから相手をしてくれとせがみ
正吉に相手をさせたグラウンドだった。
その駐車場に車を乗り入れると正吉は車を降りて歩き出した。
快も仕方なく後に続く。
快はすでに正吉の身長を5センチほど上まわっていた。
だが、今日は正吉よりもずっと小さく見えた。
グラウンドを横切って川の見える土手まで来ると、正吉は黙って腰をおろした。
快は正吉と並ぶようにしてすわった。
正吉はしばらく黙っていたが、やがて切り出した。
「快、お前、お母さんが書いた手紙を読んだンだな。」
さっきの正吉とはうってかわって、やさしい、快の耳になじんだ静かな声だった。
その声を聞いた途端、快はなぜか父が母のしたことをすべて知っていると言う気がした。
父はすべてを知っていて、母を許している。
ぼくはもうこれ以上悩まなくてもいいんだ。あとはお父さんが引き受けてくれる。
小さな頃からぼくが困った時、いつもお父さんが助けてくれたように・・・
そう思ったら快はこみ上げてくる嗚咽を止めることができなかった。
快は小さな子どものように声をあげて泣き出した。
正吉が快の肩に手をかけて、快を静かに引き寄せた。
快は正吉の胸の中に顔をうずめて泣いた。
涙があとからあとからあふれ出て、正吉の胸をぬらしていく。
ようやく嗚咽がおさまると、快は顔を上げて、ずっと聞きたくて聞きたくてたまらなかったことを
正吉に聞いた。
「お父さんは、ぼくがお父さんの子じゃないって知ってたの?」
「知ってるも何も、お前がお母さんの腹ン中にいる時にオレはプロポーズしたンだぞ。」
えっ?
意外だった。そんな言葉が返ってくるとは予想していなかった快は絶句した。
胸の中に安堵感がいっぱいに広がっていく。
じゃあ、母は父を裏切ったわけではなかったのだ。
・・・・・・・よ か っ た。
「何だ。お前、知らなかったのか?」
「うん・・・」
「いったい、手紙になんて書いてあったンだ?」
快は覚えている限りのことを正吉に話した。
「そんなことを書くなんて蛍も追い詰められていたンだなぁ。・・・
・・・みんな、オレのせいだ。」
快の話を聞くと、正吉はポツリとそう言った。
「お父さんはなぜお母さんにプロポーズしたの?ぼくがお腹にいるってわかってたのに・・・」
正吉は一瞬、遠い目をした。
「参ったな・・・・聞きたいか?」
「うん。」
「・・・正子おばさん、知ってンだろ。あのおばさんの息子に草太兄ちゃんて人がいたンだ。」
快は黙って聞いていた。正吉は淡々と語り始めた。
つづく
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